他人事と捉える

こんにちは、nozomiです。

ご覧いただき、ありがとうございます。

今日はアンチコメント、何のため?というテーマでお話ししたいと思います。



毎日毎日たくさんのニュースが飛び込んできますが、

それについてコメントされていたり、

中にはアンチコメントやバッシングもあったりしますよね。

今回は事件性があるもの等を除いた常識的観念に基づくものという意味で進めさせてください。



このアンチコメントやバッシング、何のためにされるのでしょう?


例えば、誰々が不倫した。

コロナ禍で〜のような行動をして非常識だった。

◯◯の発言、あり得ない!


許されるべきことじゃない!と思われる時や非常識と思われること、

嫉妬や個人的なネガティブな感情が乗せられた先にアンチというものが発生していると思われます。


確かに自分の意見を発信するということは素晴らしいことです。



人それぞれ価値観も違いますので、

よく思う方もいれば気分が悪くなる方もいらっしゃると思います。



気分が悪くなる、すなわち自分の価値観からは外れているということですね。

人は自分の価値観から外れていると不快感を感じてしまうので、

それがアンチコメントやバッシングに繋がっているものと思われます。



自分の好き、嫌いなどの反応をすることは確かに自由です。


ただニュースや出来事を見ただけではその背景や、

その人の思いというのは見えてきません。

憶測レベルでしかわからないことも多くあります。



そして人間は完璧ではありません。

あなたも私も、ニュースに取り上げられてる人も。



完璧ではない以上間違いは起こしますし、匂わせもするかもしれません。

程度の問題こそあれど間違いを起こさない人間はどこにもいません。



問題を起こしたから悪人というわけではないでしょうし、

本人が今後学ぶ機会が訪れたに過ぎません。



あまりにたくさんのものに反応していると自分が疲れてきてしまいます。

ネガティブを探し周り、ポジティブに気がつけなくなるおそれも出てきてしまいます。



『人のことは人のこと』
と自分事ではなく他人事で少しいられたら、


また少し軽やかに日々を過ごせるかもしれません。


自分の心を支配して良いのは自分だけです。

ぜひそれを忘れないでください。






hoshinokakera〜あなたの人生が輝きだす〜

あなたの人生をあなたが生きるために あなたが創造していくために 思考・感情・心の在り方にフォーカスして発信しています

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